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2007/02/05 月曜日 00:00:00 MST
「代々木で高校バスケのゲームをやっているから見に行こうぜ」友人に声をかけ体育館へ出向いたのは、自分の母校京北が昭和50年(1975年)東京インターハイに出場をしていて、その晴れ姿を見たいという気持ちが有ったからでした。

高校時代のクラスメイトにもバスケット部の選手が居て、彼らのゲームを時折撮影していた私は、その頃スポーツカメラマンを目指し写真の専門学校へ通っている頃でした。インターハイが地元で見られるなんて機会は滅多に巡って来ないのと、あの名門京北が勇姿を見せてくれるのではというわくわくした気持ちがありました。

 「 しかし試合が始まって愕然としました、あの京北がバスケットをさせてもらえないのです。見事に負けました。惨敗でした。そしてその相手が能代工業でした。冷静に振り返ってみると一人の選手が縦横無尽にコートを駆け巡り、京北は翻弄されていました。その選手が小野秀二という名である事を知ったのは後になってからでした。

Coach Shuji Ono (Photo by NORIO TSUBURAOKA)今まで見た事も無いスピードと迫力のプレーヤーが、やけに記憶に残ったのでした。ただスピードが速いだけでなく、振り切る力が強く、また自分より大きな選手にはかわすうまさも兼ね備える柔軟さが有りました。

その後月刊バスケットボールでカメラマンの仕事をさせて頂くようになり、私は筑波大へ進学した小野選手と出会う事になりました。そこでもまた驚きのプレーを目の当たりにする事になりました。ある試合で速攻を食らってしまった筑波は、小野選手がいち早くバックコートへ戻ったものの、完全な1対2の状態。練習中のようなきれいなナンバープレーで、誰の目にも筑波の失点は明らかに予測できました。

そう思った矢先小野選手はパスカットに飛び出しました。と、見えたのですが、小野選手は飛んでいませんでした。相手選手も小野選手の飛び出しを見てタイミングをずらしパスをしましたが、見事に小野選手のフェイクに引っかかりました。相手選手も観客もカメラマンも、フェイントに引っかかってしまったのでした。ディフェンスマンがフェイントをするプレーなんて、私はこの時初めて見ました。

もうその頃には「母校を倒した憎き能代工の選手」ではなく、「スーパー・プレーヤー、小野秀二」のファンになっていました。当然の事ながら、私も仕事が筑波戦絡みになる事を心待ちするようになりました。その後住友金属、全日本と常に観客を沸かせ、下品な言い方かもしれませんが、「金を払って見に行っても損はさせないプレーヤーだな」と思ったものでした。

おかげ様で現役時代を撮影できた事は、カメラマン冥利に尽きると思います。大学4年の大阪インカレでは、「シューター、小野秀二」という一面も見られたのも良い思い出です。国際ゲームでは臆する事なくプレーし、「日本のバスケットもスピードでなら欧米に対抗できるのでは」と思わせ始めたのは、小野選手の存在が大きかったと思います。

現役引退のゲームまで撮らせて頂きましたが、一貫して言えるのは小野選手は常に輝いていました。目が鋭いのです。「獲物を狙う動物の様」と言ってしまっては陳腐な表現ですが、あの目を見ていると、きっと何かをしてくれる、見せて くれるという期待感を抱かせるのです。期待していると、その期待を決して裏切ることはありませんでした。余力を残さずプレーする姿勢は能代での中学、高校時代に培われたものであるのは当たり前でしょうが、きっとそれだけではない、生まれ持った才能として感じられます。

今後はヘッドコーチとしてどんどんステップアップして行く方だと思っています、私の勝手な希望ですが「金を払って見に行っても損はさせないチーム」で、強くて見ていてワクワクするチームを作って頂きたいと思っております。

圓岡紀夫(カメラマン)
Photo by NORIO TSUBURAOKA

 
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結果 3 - 3 of 3
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